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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)797号 判決

控訴人(原告) 藤原元興

被控訴人(被告) 長崎県知事

原審 長崎地方昭和二八年(行)第一号(例集五巻八号(196)参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和二十七年三月二十八日附をもつて長崎県南松浦郡久賀島村第一および久賀両漁業協同組合に与えた同県同郡同村猪之木郷細石流地先定置漁業権五定第二八号免許はこれを取消す。被控訴人は右漁業権と同一内容の漁業権の免許を、免許の日より五年間控訴人に与えよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および認否は

控訴代理人において

(一)  被控訴人の「控訴人の本訴請求は権利保護の利益を欠缺し且つ控訴人は本訴請求をなす適格を有しない」旨の抗弁につき

(1)  本件漁業権すなわち長崎県南松浦郡久賀島村猪之木郷細石流地先定置漁業権五定第二八号が、漁業権者である久賀島村第一および久賀両漁業協同組合の合併によりこれを承継した漁業権者久賀島村漁業協同組合により昭和三十年五月二十四日放棄され同年七月二十二日同漁業権の抹消登録がなされた事実はこれを認める。

しかしながら右漁業権の放棄ないし抹消登録は左の理由により無効であり、したがつて控訴人の本訴請求は権利保護の利益を喪失したものではない。すなわち

(イ)  本件免許漁業原簿には控訴人の本訴提起を原因として三番の予告登録がなされており、いまだ抹消されていない。

したがつて登録上利害関係を有する第三者のあることが明示されている。そして漁業権の抹消登録の申請は登録について利害関係を有する第三者が明示されている場合には、その者の同意又は承諾を証する書面を添付しなければならない。しかるに控訴人は本件漁業権の抹消登録に同意又は承諾したことがないから、右抹消登録は無効である。

(ロ)  予告登録の抹消は確定判決、請求の放棄認諾、和解等を原因としてなすべきものであるのに、漁業権の抹消登録によつて控訴人の訴権が消滅したとすれば、予告登録をも併せて抹消したことに帰する。これは法令違反であり、権利の濫用といわなければならない。

(ハ)  本件漁業権が放棄された当時、同漁業権は適法有効に存在しており、控訴人がその唯一の適格者である。斯様な場合控訴人に免許することを拒否できる法的根拠は皆無である。前記抹消登録は控訴人に免許を与えまいとして、憲法上保障された控訴人の訴権を消滅させる目的でなされたもので公の秩序に反するから無効である。

(ニ)  本件漁業権の漁場には毎年五月二十一日より十二月末日までを漁業時期として共同漁業権の内小型定置があり、組合は五共第二二号として昭和三十五年までその免許を与えられている。そして組合は従来右小型定置漁業を自営していなかつたのであるが、本件漁業権を放棄する八十三日以前雑魚専用の小型定置経営の権利獲得の決議をしており、五月二十一日以降も雑魚を獲ろうとする目的はこれにより十分果しているのである。したがつて雑魚を獲る必要上新しい漁業権の免許を受けるため本権漁業権を放棄したというのは虚偽であり、かかる虚偽の理由に基きなされた抹消登録は無効である。

(ホ)  組合は控訴人の本訴における立証が進行するにつれて組合の漁業法違反の事実が暴露されるため、これに窮した結果漁業権抹消登録に及んだものである。斯様な不当な目的に基きなされた抹消登録は無効である。

(ヘ)  漁場の位置および区域ならびに漁業時期は漁業権の内容として明らかに定められており、その拡張又は延長は内容の変更であるから、内容変更の手続によるべきである。したがつて旧漁業権を放棄させた上新たに免許をしたのは違法であり、旧漁業権の放棄は無効である。

(ト)  本件訴訟の目的物は本件漁業権を免許した被控訴人の行政処分に外ならない。そして右免許処分が実在した以上、たとえ該処分により免許された漁業権が放棄されたとしても、それは無効の漁業権を放棄したに過ぎないのであり、訴訟物は儼として存在する。

(2)  「控訴人は本件漁業権につき当初より免許を取得する意思を有しない」旨の被控訴人主張事実はこれを否認する。

(二)  本件漁業権の免許が取消さるべき実体上の事由につき

久賀島村第一および久賀両漁業協同組合の昭和二十七年二月二十五日の合同総会においては両組合が本件漁業を自営する旨の決議はなされていない。むしろ両組合は漁業経営の方法を両組合役員会に一任することとなり、その結果両組合合同役員会は同年三月十七日本件漁業権を訴外大洋漁業株式会社に無償で譲渡することを議決したものである。両組合、大洋漁業株式会社間の同月二十日付契約書は自営の仮装であることが暴露する場合に備えて急遽作成された虚偽の文書であり、同年六月十一日付の第二事業年度以降の契約書も亦当事者通謀の上なされた虚偽のものである。

しかして両組合の合同総会が自営を議決したのは免許の日から八ケ月半を経た昭和二十七年十二月十四日である。

(三)  本件漁業権の免許が取消さるべき形式上の事由につき

五島海区漁業調整委員会が久賀島村第一および久賀両漁業協同組合に本件漁業権免許についての適格性があると決議答申したのは必要な実態調査をなさなかつたためであり、この決議は違法無効である。

仮に右委員会が被控訴人の諮問機関に過ぎず、被控訴人は独自の立場において免許できるものとしても、被控訴人は前記両組合の虚偽の申請により両組合に自営の意思があるとの錯誤に陥つた結果、本件漁業権を免許したものであるから、該免許は無効である。

(四)  免許請求の理由につき

控訴人が本件漁業権と同一内容の漁業権の免許を与えることを求めるのは、裁判所が行政庁に対してその権限外の法律行為を命ずることを請求するものではない。第一順位の者に対する免許が取消されたならば、知事は当然第二順位の者に対し免許を与えるべき附帯義務を有するのであるから、この附帯義務の履行を命ずることを請求するのである。

と述べた。(立証省略)

被控訴代理人において

(一)(1)  本件漁業権は漁業権者である久賀島村第一および久賀両漁業協同組合の合併によりこれを承継した漁業権者久賀島村漁業協同組合において昭和三十年五月二十四日放棄した結果、同年七月二十二日抹消登録がなされた。右は本件漁業権の内容である漁業時期が十二月一日より五月二十日までであつて雑魚の盛漁期に至り切上げなければならないため、一ケ月の漁期延長が適当であるとして、漁業時期を十二月一日より六月二十日までとする新たな漁業権の免許を受けるため、その前提としてなされたものである。(被控訴人はこれよりさき漁業法第十一条に基く新規計画として五島海区漁業調整委員会の意見をきいた上、定置漁業権の免許の内容たるべき事項等をあらかじめ定め、同年五月二十四日長崎県告示第三一三号をもつてこれを公示したところ、同月二十六日前記久賀島村漁業協同組合より漁業権免許の申請があつたので、更に右について調整委員会の意見をきいた上、同年七月二十二日五定第三九号をもつて前記組合に対し定置漁業権を免許した)斯様な次第で本件漁業権が消滅した結果控訴人はもはやその免許の取消を求める利益を有しない。

控訴人の右漁業権の放棄ないし抹消登録は無効であるとの主張に対しては次の通り反駁する。すなわち

(イ)  本件免許漁業原簿に控訴人の本訴提起を原因として三番の予告登記がなされていることはこれを認めるが、予告登録は訴訟の提起を善意の第三者に対抗するためのものであり、したがつてたとえ予告登録の事実があるからといつて、控訴人は登録について利害関係を有する第三者であるということはできない。

(ロ)  控訴人の本訴提起による予告登録はいまだ抹消されていない。

(ハ)  本件漁業権が放棄された当時、同漁業権が適法有効に存在している旨の控訴人の主張はこれを否認する。漁業権は免許によつてはじめて発生するものであり、漁業権者の放棄により完全に消滅するものである。

(ニ)  控訴人主張の五共第二二号共同漁業権は管理権として組合に免許されているものであり、該漁業権の行使は組合総会で決定された漁業権行使規定の定めるところによりなされている。そして右漁業権小型定置を五月二十一日から操業するのと、組合自営の免許である本件漁業権の漁業時期を六月二十日まで一ケ月延長して大型定置で操業するのと果していずれが生産増強の見地にかなうか十分検討した結果、組合総会で異議なく議決された上、本件漁業権を放棄して新たに五定第三十九号の漁業権の免許を受けたのである。

(ホ)  本件漁業権の放棄は組合の漁業法違反の事実が暴露されるのに窮した結果なされたとの控訴人主張事実はこれを否認する。

(2)  控訴人は本件漁業権については当初より免許を取得する意思をしないのであり、したがつて本訴請求をなす適格を有しない。

(二)  控訴人主張の本件免許が取消さるべきであるとする実体上の事由につき

久賀島村第一および久賀両漁業協同組合の昭和二十七年二月二十五日の合同総会においては、定置漁業を自営すること、両組合で免許を取得することおよび経営の方法については既に漁業時期の切迫している関係上、取りあえず両組合役員会に一任することが決議されたのである。そして両組合役員会において本件漁業権を訴外大洋漁業株式会社に対し無償で譲渡する議決はなされていない。

と述べた。(立証省略)

理由

被控訴人は控訴人の本訴請求中本件漁業権すなわち長崎県南松浦郡久賀島村猪之木郷細石流地先定置漁業権五定第二八号の免許の取消を求める部分は権利保護の利益を欠缺する旨主張するので、先ずこの点について判断する。

本件漁業権の漁業権者である久賀島村第一および久賀両漁業協同組合の合併によりこれを承継した漁業権者久賀島村漁業協同組合において昭和三十年五月二十四日本件漁業権を放棄し、同年七月二十二日抹消登録のなされた事実は当事者間に争のないところである。しからば本件漁業権は特段の事情のない限り右放棄により消滅し、控訴人は最早本件漁業権の免許の取消を求むべき利益を有しないものといわなければならない。けだし右免許は専ら本件漁業権の設定を目的とするものであるから、既に本件漁業権が消滅した以上、右免許を取消す法律上の実益は全く存しないことになつたからである。控訴人は前記久賀島村漁業協同組合によりなされた本件漁業権の放棄ないし抹消登録は無効であるとして種々その理由を挙げているが右主張はいずれもこれを採用することができない。

なるほど本件免許漁業原簿に控訴人の本訴提起を原因として三番の予告登録のなされていることは当事者間に争がない。そして漁業権は、漁業法第五十条の規定により登録した権利者の同意を得なければこれを放棄することのできないことは同法第三十一条第一項の定めるところである。しかしながらおよそ予告登録は登録の原因の無効又は取消による登録の抹消又は回復の訴の提起があつた場合ないし漁業免許について訴願又は訴訟が提起された場合、かかる訴願又は訴訟の提起された事実を一般に公示し、漁業権について法律行為をなす者が不測の損害を蒙ることのないようにすることを目的とするのであつて、訴願又は訴訟を提起した者に対し特段の権利を賦与するものではない。したがつて控訴人主張の予告登録があるからといつて、控訴人をもつて漁業法第五十条により登録した権利者であるということはできないのであり、控訴人の同意なくしてなされた本件漁業権の放棄の有効であることは論を俟たず又控訴人の同意又は承諾を証する書面の提出なくしてなされた抹消登録の有効であることも明らかである。

次に漁業権の放棄を原因とする抹消登録によつて控訴人の本訴請求中免許の取消を求める部分が権利保護の利益を喪失し、その結果予告登録が抹消されることは権利の本質から来る当然の帰結であつてこの間格別法令の違反と目すべき点は認められない。又控訴人は本件漁業権の放棄は、専ら控訴人の訴権を消滅させ、組合の漁業法違反の暴露されることを回避する目的で、虚偽の理由によりなされたと主張するのであるが、該主張事実を肯認すべき証拠は存しない。却つて当審証人上村仁右衛門および同坂谷金夫の各証言によれば、前記久賀島村漁業協同組合は、本件漁業権の漁業時期が十二月一日より五月二十日までであるため雑魚の盛漁期に至り切上げなければならず、又同組合が管理権を有する五共第二二号の小型定置は五月二十一日より十二月末月までを漁業時期とするものではあるが、これと本件漁業権とは漁獲物を異にする関係上、本件漁業権を一応放棄した上漁業時期を十二月一日より六月二十日までとする新たな定置漁業権五定第三九号の免許を受けた事実を認定することができるのであつて、本件漁業権の放棄が控訴人の主張するように不当な目的により虚偽の理由に基いてなされたものとは認められないのである。更に漁業時期の延長は本件のように一応旧漁業権を放棄した上改めて延長された漁業時期を内容とする新たな漁業権を設定する方法によつてこれをなすことができるものと解すべきであるから、漁業時期延長の目的によりなされた漁業権の放棄をもつて無効であるということはできない。

最後に本件免許取消訴訟の訴訟物が被控訴人のなした本件漁業権の免許処分であることは控訴人主張の通りであり、たとえ該処分により免許された漁業権が権利者によつて放棄されても右免許処分そのものが依然存在することはいうまでもないのである。しかしながら免許の内容である漁業権が漁業権者の放棄により消滅した以上、右免許処分を取消したところで法律上の実益は全くないのであるからこの意味において控訴人が免許処分の取消を求める利益は最早存在しないといわなければならないのである。

要するに控訴人の本訴請求中本件漁業権の免許の取消を求める部分は本件漁業権の消滅により権利保護の利益を欠缺するに至つたのであるから、右請求部分は爾余の争点に対する判断をなすまでもなく失当としてこれを棄却しなければならない。

次に控訴人の本件請求中本件漁業権と同一内容の漁業権の免許を求める部分は、行政庁に対し一定の行政処分をなすべきことを命ずる裁判を求めるものに外ならない。かかる裁判は三権分立の原則を執る憲法の下において、法令に特別の定めのある場合を除き許されないところである。しかも本件のような場合行政処分を命ずべき権限を裁判所に認めた法令は存しないから、控訴人の右訴は不適法としてこれを却下しなければならない。

よつて以上と結論を等しくする原判決は結局正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 川井立夫 高次三吉 佐藤秀)

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